はじめに
私は、これまで呼吸器外科専門医として長年肺癌診療に携わってきました。そのなかで、放射線被ばくのないMRI検査に関して、臨床研究を進めてきました。肺がん診断の流れを 図1に示します。今回、その中で明らかになったエビデンス(証拠)をわかりやすく示していきたいと思います。
このブログで示している内容は、既に世界に英語の論文として発信していますが、まだ一般的になっていないことも含まれていますので、ご了承お願いしたいと思います。一般的になっていないビデンス(証拠)は、近い将来普遍化するだろうと予測しています。
現在のPET-CTとMRIの比較 (図2・3)
PET-CTは、がん検診の代表格として、また転移病変検索に必須とされています。PETとCTの両方の放射線の被爆が当然あり、ブドウ糖の代謝を見ている検査で、良性の病変も使用したFDG(フルオロデオキシグルコース:臓器の糖代謝、主には脳の糖代謝機能)が集積し誤陽性になることが少なくなく、糖代謝の少ない腫瘍や小型腫瘍では誤陰性となくことが知られており、完璧な検査では決してありません。
PET-CTでは、放射線同位元素であるFDGを用いるので、検査費用が3割負担で約 30,000円かかります。一方、MRIでは3割負担で1/5の約 6,000円と安価です。
このMRIが、これから示しますように、PET-CTと同等もしくはそれ以上の診断成績がありますので、患者さんには朗報と思います。
確立されたMRIの有用性(MRIのエビデンス)(図4)
MR拡散強調画像(diffusion-weighted magnetic resonance imaging : DWI)は、拡散現象(水分子のブラウン運動)の抑制領域を描出する撮影法で、以下の有効性が証明されています。
悪性腫瘍等では一般に細胞密度が高く、病変の水分子の動きが低下します。これにともない、悪性腫瘍では、MR拡散強調画像の悪性度の指標となる“見かけの拡散係数(apparent diffusion coefficient”(ADC)は、0.8-1.4 x 10-3mm2/sec程度の低い値をとります。このサイトの記事には、このADCがたくさん出てきます。良性病変では見かけの拡散係数(ADC)が2.0 x 10-3mm2/sec以上のことが多いことが知られています。
元々MR拡散強調画像(DWI)は、拡散現象(水分子のブラウン運動)の抑制領域を描出する撮影法であり、従来脳神経領域で応用され、主に急性期脳梗塞を発見するために用いられてきました。通常のmagnetic resonance imaging (MRI)では、発症から時間が経過した脳梗塞だけが白く描出されますが、新しい脳梗塞は描出されません。しかし、拡散強調画像では、脳梗塞は発症して1時間経過後に描出されるようになります。脳卒中治療ガイドライン2015により、急性期脳梗塞に対しては、発症して4.5時間以内であれば血栓を溶かす薬剤による治療が導入されています。
前立腺がんではMRI(DWI)がほぼ確立した手法となっています。MRI(DWI)を用いることにより、内腺部に存在する微小な早期前立腺がんが同定できるようになりました。MRI(DWI)の特徴は、生検に比べ浸襲性がきわめて低く、且つがん病巣を高感度に検出できることで、生検では見逃しがちであった移行部のがんなどを高感度で検出できるようになりました。
図5に従来の肺がんのMRIの有用性をしまします。肺がんの臨床病期診断における適応は,1991年のRadiologic Diagnostic Oncology GroupのWebbらにより、MRIによるT因子・N因子の診断能はCTのそれと変わらないとの論文が発表されて以来,MRIは肺がんの臨床において縦隔浸潤,胸壁浸潤に関してのみ有用性が示唆され、その適応は長年限定的ありましたが、最近見直されてきてきています。図6に最近の肺がんのMRIの肺癌診療ガイドライン2020を示します。高分解能CTで肺がんかどうか判断できない結節にはMRIを行うよう提案され(推奨の強さ2)、N因子診断については、MRIを行うよう提案されています(推奨の強さ2)。
目次
1.肺腫瘤陰影の診断におけるMRIの有用性
2.肺癌の臨床病期の診断におけるMRIの有用性
3.肺癌の血管・心臓・胸壁・横隔膜・縦隔浸潤におけるMRIの有用性
以下は、専門家が対象の内容です。
4. PET-CTで多発性FDG集積を有する肺癌例でのMRIの有用性
5. 肺癌の経過観察における転移・再発病変におけるMRIの有用性
6. ドゥイブス法Diffusion-weighted whole-body imaging with background suppression ( DWIBS: 全身性拡散強調画像)の有用性
7. 縦隔腫瘍の診断におけるMRIの有用性
8. 悪性胸膜中皮腫を含めた胸膜病変の診断におけるMRIの有用性
9. 肺癌切除縫合部分に発生した新出現の評価:切除縫合部肉芽腫(良性)か肺癌再発か?
10. 肺癌の治療効果におけるMRIの有用性
11. 肺腫瘤陰影の診断におけるMRIの有用性2 :各種鑑別方法 (inside/wall ADC ratio, ADC histogram, DWI+T2 WI)