呼吸器専門医・呼吸器外科専門医が考える
放射線被爆のないMR検査の近未来展望
呼吸器外科専門医 薄田 勝男
はじめに
私は、これまで呼吸器外科専門医として長年肺癌診療に携わってきました。そのなかで、放射線被爆のないMRI検査に取り組んでその有効性を報告してきました。
これまで育んできたMRI検査の優れた点に関して、一般の皆様に対する幅広い啓蒙と、同時に専門家の方々にも十分に知っていただくため、MRIのBlogを作りました。
このBlogが、少しでも皆様に役に立つことがあれば幸せです。
肺がん診断の流れを 図1に示します。
今回、その中で明らかになったエビデンス(証拠)をわかりやすく示していきたいと思います。
このブログで示している内容は、既に英語の論文として世界に発信していますが、まだ一般的になっていないことも含まれていますので、ご了承お願いしたいと思います。
一般的になっていないエビデンス(証拠)は、近い将来普遍化するだろうと予測しています。
現在のPET-CTとMRIの比較 (図2・3)
PET-CTは、FDG-PET(18-fluoro-2-deoxy-glucose positron emission tomography)とCT (computed tomography) を組み合わせたもので、がん診療の代表格として、また転移病変検索に必須とされています。
当然、PETとCTは両方とも放射線の被ばくがあり、ブドウ糖の代謝を見ている検査で、良性の病変でも使用したFDG(フルオロデオキシグルコース, 臓器の糖代謝、主には脳の糖代謝機能)が集積し誤陽性になることが少なくなく、糖代謝の少ない腫瘍や小型腫瘍では誤陰性となることが知られており、完璧な検査では決してありません。
PET-CTでは、放射線同位元素であるFDGを用いるため、特殊な設備が必要で、設置される病院は総合病院等に限定されています。
PET-CTの検査費用は、3割負担で約 30,000円かかります。一方、MRIの検査費用は3割負担で、1/5の約 6,000円と安価です。
このMRIが、これから示しますように、PET-CTと同等もしくはそれ以上の診断成績がありますので、患者さんには朗報と思います。
確立されたMRIの有用性(MRIのエビデンス)(図4)
MR拡散強調画像(diffusion-weighted magnetic resonance imaging : DWI)は、拡散現象(水分子のブラウン運動)の抑制領域を描出する撮影法です。拡散現象(水分子のブラウン運動)の抑制領域という理解しにくい表現で申し訳ありません。良性病変では、水分子はよく動きますが、悪性病変では、細胞密度が高く、水分子の動きが少なくなっているのを利用する検査法です。
悪性腫瘍等では一般に細胞密度が高く、病変の水分子の動きが低下します。これにともない、悪性腫瘍では、MR拡散強調画像の悪性度の指標となる“見かけの拡散係数 apparent diffusion coefficient”(ADC)は、0.8-1.4 x 10-3mm2/sec程度の低い値を示します。
このブログの記事には、このADCがたくさん出てきます。良性病変では見かけの拡散係数(ADC)が2.0 x 10-3mm2/sec以上のことが多いことが知られています。
MR拡散強調画像では、以下の有効性が証明されています。
元々MR拡散強調画像(DWI)は、拡散現象(水分子のブラウン運動)の抑制領域を描出する撮影法であり、従来脳神経領域で応用され、主に急性期脳梗塞を発見するために用いられてきました。
通常のmagnetic resonance imaging (MRI)では、発症から時間が経過した脳梗塞だけが白く描出されますが、新しい脳梗塞は描出されません。
しかし、拡散強調画像(DWI)では、脳梗塞は発症して1時間経過後に描出されるようになります。脳卒中治療ガイドライン2015では、急性期脳梗塞に対しては、発症後 4.5時間以内であれば血栓を溶かす薬剤による治療が導入されています。
前立腺がんではMRI(DWI)がほぼ確立した手法となっています。MRI(DWI)を用いることにより、内腺部に存在する微小な早期前立腺がんが同定できるようになりました。MRI(DWI)の特徴は、生検に比べ浸襲性がきわめて低く、且つがん病巣を高感度で検出できるため、生検では見逃しがちであった移行部のがんなどを高感度で検出できるようになりました。
図5に従来の肺がんのMRIの有用性を示します。肺がんの臨床病期診断における適応は,1991年のRadiologic Diagnostic Oncology GroupのWebbらにより、MRIによるT因子・N因子の診断能はCTのそれと変わらないとの論文が発表されて以来,MRIは肺がんの臨床において縦隔浸潤,胸壁浸潤に関してのみ有用性が示唆され、その適応は長年限定的でした。
最近、肺がんにおける適応が見直されてきてきています。図6に、最近の肺がんのMRIの肺癌診療ガイドライン2020を示します。高分解能CTで肺がんかどうか判断できない結節にはMRIを行うよう提案され(推奨の強さ2)、N因子診断については、MRIを行うよう提案されています(推奨の強さ2)。
目 次
1.肺腫瘤陰影の診断におけるMRIの有用性
2.肺がんの臨床病期の診断におけるMRIの有用性
3.肺がんの血管・心臓・胸壁・横隔膜・縦隔浸潤におけるMRIの有用性
以下は、専門家が対象の内容です。
4. PET-CTで多発性FDG集積を有する肺がん例でのMRIの有用性
5. 肺がんの経過観察における転移・再発病変におけるMRIの有用性
6. ドゥイブス法Diffusion-weighted whole-body imaging with background suppression ( DWIBS: 全身性拡散強調画像)の有用性
7. 縦隔腫瘍の診断におけるMRIの有用性
8. 悪性胸膜中皮腫を含めた胸膜病変の診断におけるMRIの有用性
9. 肺がん切除縫合部分に発生した新出現の評価:切除縫合部肉芽腫(良性)か肺癌再発か?
10. 肺がんの治療効果におけるMRIの有用性
11. 肺腫瘤陰影の診断におけるMRIの有用性 2 :新しい3つの鑑別方法 (DWI+T2 WI, inside/wall ADC ratio, Whole-lesion ADC histogram)