呼吸器外科専門医が考えるMR検査の近未来展望: The future is at hand: MRI examinations of lung and thoracic disease
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MRIを用いた肺腫瘤陰影の診断とその特徴

 私が、大学で取り組んできた肺の腫瘤陰影に関するmagnetic resonance imaging(MRI)のエッセンスをまとめました。

 肺の腫瘤陰影、特に肺癌症例や良性肺腫瘤陰影の典型的な画像を集めました。MRIによる肺の腫瘤陰影の診断能を示します。MRIで肺の腫瘤陰影の良悪性の鑑別ができるのです!

  • はじめに

 過去30年間に渡って、 MRIの技術は劇的に発達してきているにもかかわらず、1991年のRadiologic Diagnostic Oncology GroupのWebb et al.の報告以来、他部位の悪性腫瘍とは異なって、肺癌に対するMRIの適応は、胸壁浸潤や縦隔浸潤だけに限定されてきました。

 MRIの中のMR拡散強調画像(Diffuson weighted imaging, DWI)は、拡散現象(水分子のブラウン運動)の抑制領域を描出する撮影法で、従来脳神経領域で応用され、主に急性期脳梗塞を発見するために用いられてきました。通常のMRIでは、発症から時間が経過した脳梗塞だけが白く描出されますが、新しい脳梗塞は描出されません。しかし、MR拡散強調画像では、脳梗塞は発症して僅か1時間経過後に描出されるようになります。脳卒中治療ガイドライン2015に従って、急性期脳梗塞に対して、発症して4.5時間以内であれば血栓溶解療法が行なわれます。

 MR拡散強調画像の長所は広く認識されており、肺腫瘤およびリンパ節の良悪性の診断に有効であり、悪性腫瘍の治療効果の判定にも有用です。悪性腫瘍では、水分子の拡散が通常正常組織に比較し抑制されています。MR拡散強調画像では、拡散が抑制された悪性病変は白く描出されます。悪性腫瘍では、ADC mapで測定される見かけの拡散係数(apparent diffusion coefficient: ADC)は低い値となり、ADC mapではADCが低くなるほどより黒く描出されます。

 今回、呼吸器領域におけるMRI検査の意義を明らかにするため、肺癌・良性肺腫瘤のMRI、特にMR拡散強調画像と病理所見との関連を検討しました。

  • 対象および方法

 肺腫瘤病変334例の内訳は、原発性肺癌282例、良性肺腫瘤52例であった。症例の詳細を、表1,2に示しました。肺癌の組織型は、腺癌195例、扁平上皮癌65例、大細胞内分泌癌(LCNEC)5例、腺扁平上皮癌4例、大細胞癌3例、カルチノイド2例、小細胞癌7例、癌肉腫1例であった。良性肺腫瘤は、炎症性の肺腫瘤が41例 (肺抗酸菌症13、肺炎13、肺化膿症8、肺瘢痕3例、器質化肺炎2、他2)、非炎症性の肺腫瘤が11例 (過誤腫5、肺分画症2、他4)であった。

      MRI検査は、SIEMENS MAGNETOM  Avanto 1.5Tを用い、b factorを0 および 800とした。良性・悪性を分ける みかけの拡散係数(apparent diffusion coefficient:ADC)の至適カットオフ値は、著者らの以前の報告に従って1.459×10-3mm2/secとした。肺癌および良性肺病変のADC値は、そのADC map上で円形ないし楕円形のregion of interest (ROI)を描き測定した。拡散強調画像の強度はDiffusion detectability score(DDS)を用いて、肺腫瘤陰影を5段階(検出無の DDS 1 ~ 検出高度の DDS 5)に視覚的に評価した:DDS1(not detectable 検出無), DDS2(slightly detectable 検出わずか), DDS3(fairly detectable 検出軽度), DDS4 (moderately detectable 検出中等度), DDS5(Highly detectable 検出高度)  

  • 結果

Diffusion detectability scores (DDS1 / DDS2 / DDS3 / DDS4 / DDS5)は、肺癌例で5/15/19/32/211、良性肺腫瘤で1/13/7/7/24であった(表3)。

 肺癌例の86.2% (243/282) がDDS4以上であった。肺癌例であっても7.1% (20/282)がDDS2以下であり、良性肺腫瘤であっても59.6%(31/52)がDDS4以上であった。炎症性肺良性腫瘍は拡散強調画像で拡散能の低下を示すことが知られており、今回の検討でDDS3以上を示した良性肺腫瘤は、肺化膿症で75% (6/8)、肺抗酸菌症で69%(9/13)、肺炎で100%(13/13)と判明した。

肺癌と良性肺腫瘤でのDDSの比較では、肺癌の平均 DDS (4.53 ± 0.96) は、良性肺腫瘤のそれ (3.77 ± 1.32) に比較し、有意に大であった (p<0.0001)(図1)。

肺癌症例(図2-9)および良性肺腫瘤症例(図10-12)について、そのCT、PET-CT、MR拡散強調画像、ADCmap と病理所見等を示し、そのDDS、SUVmaxおよびADCを記載した。

図2: 腺房型腺癌症例で、DDS 3、SUVmax 0.0、ADC 1.010×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は true positive (真陽性) であった。

図3: 乳頭型腺癌症例で、DDS 5、SUVmax 9.73、ADC 1.166×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は true positive (真陽性) であった。

図4:置換型腺癌症例で、DDS 3、SUVmax 2.80、ADC 1.364×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は true positive (真陽性) であった。

図5:充実型腺癌症例で、DDS 5、SUVmax 11.3、ADC 0.87×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は true positive (真陽性) であった。 

図6:粘液性腺癌症例で、DDS 4、SUVmax 4.10、ADC 1.98×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は false negative (偽陰性) であった。

図7:扁平上皮癌症例で、DDS 5、SUVmax 22.25、ADC 1.36×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は true positive (真陽性) であった。

図8:LCNEC症例で、DDS 5、SUVmax 14.8、ADC 1.29×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は true positive (真陽性) であった。

図9:小細胞癌症例で、DDS 5、SUVmax 2.4、ADC 0.85×10-3mm2/sec であり、MR拡散強調画像は true positive (真陽性) であった。

図10:肺炎症例で、DDS1, SUVmax 7.10、ADC 1.88×10-3mm2/sec であり、MR拡散強調画像は true negative(真陰性) であった。

図11:非結核性抗酸菌症症例で、DDS 5,  SUVmax 7.05、ADC 1.158×10-3mm2/sec であり、MR拡散強調画像は false positive (偽陽性) であった。

図12:過誤腫症例で、DDS 4、SUVmax 0.0、ADC 1.97×10-3mm2/secであり、MR拡散強調画像は true negative (真陰性) であった。

肺癌と良性肺腫瘤でのADCの比較では、肺癌のADCは1.23±0.29と、良性肺腫瘤の1.69±0.58 に比較し有意に小であった(P<0.0001)(図13)。

肺癌・良性肺腫瘤の亜型別にそのADCを比較した(図14)。腺癌・扁平上皮癌・LCNEC・腺扁平上皮癌・大細胞癌・小細胞癌のADCは、それぞれ1.28±0.30、1.14±0.20、1.31±0.54、1.23±0.13、0.95±0.22、0.88±0.15であり、炎症性良性肺腫瘍の1.59±0.54、非炎症性良性肺腫瘍の2.05±0.62に比較し、小さかった。

腺癌の亜型別の比較では、粘液性腺癌のADC(1.89±0.36)は、腺房型腺癌の1.27±0.26、乳頭型腺癌の1.27±0.23、置換型腺癌の1.19±0.27、微小乳頭型腺癌の1.16±0.14、充実型腺癌の1.11±0.19に比較し、有意に大であった(図15)。

粘液の含有量からみた肺癌の比較では、粘粘液性腺癌のADC(1.89±0.36)は、粘液を有する腺癌の1.24±0.22、粘液を有しない肺癌の1.20±0.25に比較し,有意に大であった(図16)。

肺癌の壊死病変の有無別のADCの比較では、壊死病変を有する肺癌のADC (1.12± 0.23)は、壊死病変を有さない肺癌のそれ (1.28 ± 0.30)に比較し、有意に小であった (p = 0.0001)(図17)。

                      

  • 今後の展望

MR拡散強調画像は、肺だけでなく、すでに全身の臓器、つまり縦隔、前立腺、乳腺, 肝臓等で良悪性の鑑別に有用です。前に述べたように、肺腫瘤の良悪性鑑別に関する多くメタ解析では、MR拡散強調画像が肺腫瘤の良悪性鑑別に有用と結論付けています。しかしながら、現在でもその使用は限定的であり、十分に認知されているとは言い難い状況です。

肺腫瘤の良悪性の鑑別に関して、MR拡散強調画像とPET-CTとの診断能が比較検討されています。Mori らは、 MR拡散強調画像の特異度(0.97)はFDG-PETのそれ(0.79)より有意に良好であるが、MR拡散強調画像の感度(0.70)・正診率(0.76)はFDG-PETの感度(0.72)・正診率(0.74)と同様であったと報告しました。Usudaらは、MR拡散強調画像の感度は80.0%とPET-CTの70.0%に比較し有意に良好であり、MR拡散強調画像の特異度は65.5%とPET-CTの65.5%と同様であり、MR拡散強調画像の正診率は77.8%と、PET-CTの69.3%に比較し良好の傾向を認めたが有意とは言えなかったと報告しました。著者らの経験では、肺癌例での肺門縦隔のリンパ節診断に関して、MR拡散強調画像は90%の肺癌でN因子を正確に診断したが、10%(1.9% overstaging、8.1% understaging)が正確ではありませんでした。一方PET-CT は肺門縦隔のリンパ節診断に関して、83.1%の肺癌でN因子を正確に診断したが、16.8%(2.5% overstaging, 14.4% understaging)が正確ではありませんでした。MR拡散強調画像では、PET-CTより小さいリンパ節転移が診断できることが判明しました。PET-CTとMR拡散強調画像に対する前向きの無作為化比較試験が存在していないため断定できませんが、少なくとも、肺癌および肺腫瘤に関しては、MR拡散強調画像の診断能はPET-CTと比較し遜色がないと考えられます。

肺癌の組織型の比較検討では、腺癌のADCは、細胞成分のより高い扁平上皮癌や小細胞癌のそれより有意に高値でした。MR拡散強調画像では、肺癌の壊死組織や粘液組織を検出することが可能です。ADC値は、病理学的構造物を反映していることが判明しました。

拡散能の低下と低いADC値と関係した肺腫瘤には、肺癌だけでなく、壊死組織を有する肺化膿症や肺抗酸菌症があり、鑑別が困難な場合があります。壊死組織を有する良性病変は水分子の拡散能が抑制されるため、ADC値が低値となり誤陽性となりやすい。MR拡散強調画像では、良性病変の22%が、高いb値による画像で拡散能の低下を示すという。一方、粘液性腺癌のMR拡散強調画像は、もともと細胞成分が少なく水分子の拡散能が抑制されないため、ADC値は高値となり誤陰性となりやすい。

著者らは、鑑別が困難な肺癌と肺化膿症や肺抗酸菌症の新しい鑑別方法として、次の3つの方法を報告しました。

  • MR拡散強調画像と T2強調画像(T2 WI)を組み合わせて鑑別診断する方法:MR拡散強調画像とT2WIともに、肺腫瘤の鑑別に有効である。2つを組み合わせることにより、MR拡散強調画像の弱点とされる肺化膿症・肺抗酸菌症と肺癌の鑑別診断が可能となる。T2 WIでは、水が白く描出され、質的評価が可能である。
  • MR強調画像で、肺腫瘤の内側と外側のADCの比(inside/wall ADC ratio)を用いて鑑別診断する方法:MR拡散強調画像では、肺腫瘤によって、その内側と外側のADCが異なり、そのADCの比(inside/wall ADC ratio)が、肺癌と肺化膿症・肺抗酸菌症の鑑別に有用である。肺癌では外側のADCが小さなことが多く、肺化膿症・肺抗酸菌症では内側のADCが低いことが多いことを利用している。
  • 肺腫瘤の全体を用いたADC histogram (whole-lesion ADC histogram) を用いて鑑別診断する方法:肺化膿症・肺抗酸菌症では、MR拡散強調画像にて、広範囲に内側を中心に拡散能が強く低下する。肺腫瘤全体から算出したADC histogram により、いくつかのADCのパラメータにて、肺化膿症・肺抗酸菌症と肺癌の鑑別診断が可能である。

MR拡散強調画像の長所として、MR検査費用は、放射性同位元素である18F-FDG (18-fluoro-2-deoxy-glucose)を用いる高価なPET-CTの検査費用の15-20%と安価で、設置病院数はPET-CTのそれより圧倒的に多い。検査費用は、3割負担で、PET-CTの約30,000円に対して、MRIが約6,000円と安価である。PET-CTはあまりにも高額なため、健康保険では特別なことでもないかぎり、1年に1度以上は受けることはできません。また受けられたとしても、高負担です。MR拡散強調画像では検査前に絶食の必要はなく、放射性薬剤の静脈内注射が必要なく、検査時間もより短い。また、PET-CTではある程度の放射線被曝のリスクがあるが、MR拡散強調画像では放射線被爆の問題はなく、小児の検査に適しています。CTや FDG-PET/CT には放射線の被爆があるため、被爆を回避したい患者の評価にMRIは有用です。更に、悪性腫瘍の治療効果判定は、MRIでは治療後1週間より可能であるが、PET-CTでは治療後8週後とされている。

MR拡散強調画像の撮像上の短所として、装置の発する騒音が大きく、心臓ペースメーカー、入れ墨およびその他磁気に反応する金属がある患者には施行できない短所があります。

ヨーロッパ胸部外科学会(European Society of Thoracic Surgeons)と米国胸部学会(American College of Chest Physicians)は、MR拡散強調画像により良悪性のリンパ節の鑑別が可能で、MR拡散強調画像がPET-CTと同様な感度があり(diffusion MRI 0.75 versus PET-CT 0.72, respectively)、より良好な特異度を示す(PET-CT 0.89 versus diffusion MRI 0.95)ことを表明しています。Gallivanone et al. は FDG-PET/CT は患者の予後予測に有用で、MR拡散強調画像はneoadjuvant chemotherapyに対する反応の予測に有用と報告しています。

  • おわりに

MRIにより、従来のCTに比較し、形態だけでない良悪の質的解析が可能です。MRIは、PET-CTに比較し、早期の治療効果判定が可能であり、安価す。肺病変であっても、他臓器と同様、被爆の全くないこの優れたMRI検査がきちんと診療ガイドラインに取り上げられ、肺腫瘤の良悪性の鑑別、肺癌のN因子・M因子・病期診断に利用され、さらには肺癌の化学療法や放射線治療の効果判定に応用されるのを期待しています。

ABOUT ME
薄田 勝男
呼吸器外科専門医として長年肺癌診療に携わってまいりました。 このサイトでは肺がん診断におけるMRIの有効性をご紹介しております。

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